大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 平成9年(ワ)571号 判決

主文

一  原告と被告との間の平成元年六月一日付定期保険特約付終身保険契約(証券番号<省略>)は無効であること及び同契約に基づく原告の被告に対する給付金支払債務は存在しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一六二万円及びこれに対する平成一〇年二月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が被告と締結した定期保険特約付終身保険契約の無効確認及び同契約に基づく原告の被告に対する給付金支払債務の不存在確認、並びに不当利得返還請求権に基づき同保険契約により支払済みの保険金一六二万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成一〇年二月一九日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実)

1  原告は、生命保険業務等を営む相互会社である。

2  原告は被告との間で、平成元年六月一日、左記保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

種類 定期保険特約付終身保険(S62)

証券番号 <省略>

被保険者 被告

3  原告は、被告に対し、本件保険契約に基づく疾病入院給付金等として、次のとおり、合計一六二万円を支払った。

(一) 支払日 平成二年一二月一一日

種類 疾病入院給付金

支払金額 六〇万円

(二) 支払日 平成五年一〇月二二日

種類 疾病入院給付金

支払金額 四二万円

(三) 支払日 平成六年四月一九日

種類 災害入院給付金

支払金額 六〇万円

4  原告は、平成九年九月四日、被告から、同年四月五日発生した交通事故により受傷した頚部捻挫・腰部捻挫の治療のため、同年四月五日から同年八月一九日までの間、山田整形外科病院(高松市<以下省略>)に入院したとして、本件保険契約に基づく災害入院給付金六〇万円(一日五〇〇〇円の一二〇日分)の支払請求を受けた。

5  被告は、本件保険契約を締結した平成元年六月一日には、交通事故による筋・腱及び靭帯の損傷の治療のため入院中(平成元年五月八日から同年七月八日まで)であった。

6  被告は、本件保険契約締結日までに、次のとおり、入院歴・既往歴があった。

(一) 昭和六一年九月六日から昭和六二年一月一四日まで、糖尿病・慢性胃炎・糖尿病性神経炎の治療のため入院

(二) 昭和六二年五月二五日から同年六月一一日まで、転倒による頭部打撲の治療のため入院

(三) 昭和六三年五月三〇日から同年一〇月一六日まで、糖尿病・腰痛症・慢性肝炎の治療のため入院

(四) 平成元年二月二日から同年二月二四日まで、交通事故による腰椎・頸椎捻挫の治療のため入院

二  争点

1  本件保険契約は、終身保険普通保険約款一六条にいう「保険契約の締結に際して、保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があったとき」にあたり、無効か。

(原告の主張)

被告は、本件保険契約申込み当時入院中であり、また過去五年内の右入院歴・既往歴があったにもかかわらず、これら事実を秘匿して原告に告知せず、原告と本件保険契約を締結した。仮に、原告の保険外交員Bが被告の入院中である事実を知りながら、これを原告に報告しなかったとすれば、被保険者の告知書及び保険外交員の報告書を基に、保険契約を締結する保険者の原告(引受決定部門担当者)を被告と相通じて欺いたことになり、両者の共謀による詐欺行為といわざるをえない。

(被告の主張)

被告は、原告の保険外交員Bから本件保険契約の勧誘を受け、五番丁病院内で本件保険契約を締結した。したがって、同保険外交員は、被告が入院中であったことを知っていた。ただし、被告は、同保険外交員に対し、自己の入院歴・既往歴を告げたことはない。

2  保険外交員Bが、本件保険契約申込み当時、被告の入院の事実を知っていたとすれば、原告が告知を受けたことになり、被告に詐欺の故意又は原告に欺罔による錯誤がないといえるか(保険外交員に告知受領権があるか。)。

3  被告の本件保険契約締結行為は公序良俗違反であるか。

三  証拠関係は、記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三争点に対する判断

(争点1、2について)

一  証拠(甲一ないし三(一九)、七の1、2、八、一〇、一二、一三、証人B、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は、平成元年五月八日から同年七月八日まで、交通事故による頚部捻挫・両膝部挫傷等の治療のため五番丁病院に入院していた(甲八)。

被告は、金融業を営んでいたが、その貸付先の保険外交員Bから本件保険契約の勧誘を受け、同年五月二〇日頃、右入院先の病院待合室でその申込みをした(甲二)。被告は、入院中は保険契約を締結できないと認識していたが、保険に入れたらよいとの思惑から(被告本人五項)、原告の嘱託医Cに対し、過去五年以内の入院歴・既往歴及び右申込み当時交通事故で入院治療中の事実を告知すべき義務があるのに、これを告げなかった(甲三)。ただし、同医師は診査の結果注意すべき点として、被告の血糖値が高く糖尿病であると原告に報告した(甲一三)。

原告(引受決定部門担当者)は、被告の告知内容(甲三)、これと同じ内容の保険外交員の報告書(甲一二)及び右嘱託医の検診書(甲一三)に基づき、被告の現在及び過去五年内の健康状態は糖尿病を考慮しても保険契約を締結するに支障がないと誤信し、同年六月一日、被告の本件保険契約の申込みを承諾したので、同日同契約が成立した(甲一)。

終身保険(S62)普通保険約款一六条には、「保険契約の締結について、保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があったときは、保険契約は無効とし、すでに支払った保険料は払い戻しません。」とある(甲一〇)。

2  告知書(甲三)につき、被告は、告知書の告知事項欄の記載内容を知らない旨供述するが、受診者欄の被告署名が自署であることは争いがなく、その記載内容は被告が原告の嘱託医に対し告知したもので(甲三の書式、一八)、同嘱託医が被告に無断で記載したことを窺わせる証拠はないことから、被告の意思により告知書が作成されたものと認められる。

3  ところで、証人Bは、本件保険契約の申込みを受けた当時、被告が交通事故の治療ため入院していたことを知らなかったし、被告から右事実を聞いたこともない旨供述するが、入院先の病院待合室で申込みを受けたこと及びこれを否定する被告本人の供述に照らし、にわかに採用できないので、被告が同保険外交員に対し入院の事実を秘匿したとまでは認めるに足りない。

4  しかし、本件保険契約締結につき被告の欺罔行為(告知義務違反行為)の有無は、原告(引受決定部門担当者)に対し、あったかなかったかを判断すべきである。

すなわち、保険契約における重要事項の告知は、これにより締結の応否を決するためのものであるから、その性質上、締約につき決定権を有する者に対してなされなければならないものであり、証拠(甲一〇)によっても、原告は、保険外交員に対し告知を受領する権限を与えていないからである。

したがって、被告が保険外交員Bに対し、右被告の入院の事実を口頭で告知していたとしても、原告(引受決定部門担当者)に対し、右告知をした(欺罔行為がない)ことにはならない。

二  右認定事実及び前記第二の一6(一)ないし(四)の事実によれば、被告は、本件保険契約の申込みに際し、過去五年以内の被告の入院歴・既往歴及び右申込み当時に入院中であった事実の告知義務のあることを知りながら、原告に対しこれを告知しなかった欺罔行為があり、右告知義務違反の重大な内容に照らし、原告において右告知すべき事実を知っていれば、本件保険契約を締結することはなかった(原告は被告の欺罔行為により錯誤に陥って本件保険契約を締結した)と認められる。

そうすると、被告の本件保険契約の締結行為は、終身保険普通保険約款一六条の詐欺にあたるので、同契約は無効であり、同契約に基づく原告の被告に対する給付金支払債務は存在しないことになる。また、被告は、無効な同契約に基づき受領した第二の一3の給付金合計一六二万円を不当利得として返還すべき義務がある。

第四結論

以上によれば、その余の検討をするまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!